その木曜の夜は夏に続いている

20140626

雨の季節が始まってから二週間が過ぎた木曜日。その夜は湿度を含んだ大気が緑の街をすっぽり包んでいた。

 夜が始まった待ち合わせの場所に彼女は僕より先に着いていた。僕は敢えて誰もが一度は待ち合わせの場所に選んだことがあるであろうそこを選んでいた。なぜなら、新しいその夜のふたりの時間の始まりは、どこにでもよくある日常としたかったのだ。ふたりは僕が大切にしている店に向かった。

 そこはいつも通りまったく音もない清らかな静寂さに包まれていた。何度来ても、霧の中を彷徨いながら遠くのほのかな灯りをたよりにたどりついたかのような安堵感に満たされる店なのだ。はじめて訪れた彼女は店主の品のある穏やかな笑顔と、ほの暗い灯りの佇まいをとても喜んでくれた。

 この日の客はめずらしく僕らだけだった。ときおり店主夫妻と会話を交えながら、ふたりのどこにでもよくある日常が、少しずつゆっくり、ゆっくりと日常を超えていった。

 「わたし、次に来ようとしてもひとりじゃ来れないわ。だってここがどこにあるのかわからないもの」

 たしかに大きな看板があるわけでもなく、彼女の周りで答えてくれる人を探すのは難しいかもしれない。僕はここまでの道を説明しはじめた。すると彼女は僕の言葉を遮って、きれいな笑みをたたえたながらささやいた。

 「説明しないでください。わたしは知らなくていいことにします。だからあなたが連れてきてください」

 六月は人が穏やかに濡れる美しい季節だ。まるで美が空から降り注ぎ大通りの樹々の緑を豊かにするように。そして幻惑の夏を迎えるためにある。

<Photo and handwriting by dorado : Image>
ペリカンで書いたこの文は、たしかマドンナが過去に語ったか、あるいは彼女の歌った歌詞の一節だったと思います。何年か前に僕が書いてそれを写真に撮っていたものです。本文とは関係のない、あくまでもイメージです。

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きょうからブログを再開します。じつはブログを止めた訳ではなく、昨年の秋から大量のスパムによる障害で更新できずにいました。その間、facebookをメーンに短文のメッセージと写真を更新していました。ようやくトラブルが解消できたので、facebookとは違った世界をアップデートしていこうと思っています。このエントリーが再開のはじまりです。いまとても懐かしくて新鮮な気持ちです。やっぱりブログはいいなぁって思っています。

ブログをはじめて10年が経過しました。言葉と写真で自由に僕の世界を表現できるdorado radioです。更新は毎日ではありませんがおもむくままに。どうぞよろしくお願いします。