肩がならんだ位置

fb.05.07.07

その夜は昨日まで続いていた梅雨寒が去っていた。ビルの二階にあるレストランの外のテラスで、二人はよく冷えた白いワインを飲みながら再会の時間を過ごしていた。見下ろす通りからは、街路樹を小さく揺らした風が肩まで上がってきた。

日帰りの出張の夕方近くになって最後の仕事を済ませた彼は、いまいる街から快速電車で西へ70分、海と山のある街に暮らす彼女に連絡をいれた。「では待っていますね」突然の再会の申し出に彼女は彼の誘いを快く承諾した。

電話を切った彼は彼女のために、あるひとつのプレゼントを思い付いた。それは季節をイメージして調香された数種類のインセンスだ。四季を見立て一年に四度ほど店頭に並ぶ。いまなら夏が並んでいるはずだ。それぞれのインセンスには香りの世界を増幅させる異なる言葉が添えてある。彼はそれを手にするために思いのほか時間がかかり、駅に着いてすぐに快速電車に乗るのを止めて新幹線で向かった。

彼女がオーナーであり、一人で仕切るその店に着いたのは閉店間際だった。彼女はそんなことをまったく気にする様子もなく、いつもの笑顔で迎えてくれた。「この季節の夕方、表のベンチに腰掛けて飲むビールがとっても美味しいの」

ほどなくして二人は店をあとにして通りを並んで歩いた。さっきまで彼がいた街の、誰もが知るあのどうしようもない蒸し暑さはどこにもなかった。歩道に響く足音さえも涼しく響く。小さな交差点の角にあるショーウインドーの前に差し掛かり彼女は立ち止まった。ウインドーの中の白い麻のジャケットを指差しながら「わたし、昨日の夜にここを歩い帰る時に目に止まったの。そしてすぐにこれはあなたそのものだと思ったの。それをいまこうして二人で見ているなんて、なんだか妙だわ」

重くはない食事と白いワインは、弾む会話に調和をもたらしてくれる。「雨の日、あなたの足元は?」「僕は初めから濡れてもいいようにスニーカーかサンダルだね。アスファルトに裸足でもいいと思うこともあるくらいだ。それに傘はよほどの雨でないと差さないから」「いいわね。わたし、あのレインブーツが大っ嫌い。デザイン、色、ブランドがどうであろうと、この先、わたしは履きもしないし、買いもしないわ」「雨がもたらす生活をどう捉えるかによって、その人の生き方が垣間見れることはとても興味深いよ」「わたし、透過されてるみたいでくすぐったいわ」「じつは僕はその雨の季節を今年ほど好きになったことはないんだ。雨が降る。その降る雨が止むと、乾いた大気に適度な湿度を含んだ風が吹く。注ぐ陽射しの質は、受け止めるのが気持ちがいいほど。そして日が変わり、また雨の日が訪れる。それが繰り返すんだ。いっそのこと、この雨の季節がずっとずっと、人生を終えるまで続いてもいいかもしれないなんてことを、ここ数日考えていたんだ」「あれほど夏が大好きだと言ってたあなた、面白いわ」

周りのテーブルにはすでに他の客の姿はなかった。途切れることのない二人のたのしい会話だけがテラスの空気を揺らしていた。彼は最終の新幹線の時間が迫っていることにうっすら気付いていた。それを知ってかどうか彼女は「時間には限りがあるからいいの。そうでしょ」今日彼女に会いたいという気持ちの理由の一端を、そのひとことに見たようで、彼はずっと抱えていた難題が一瞬にして解けたかのように嬉しくなった。

「肩がならんだ位置」と、彼女は透明なガラスのボトルに入った、その一本のインセンスのタイトルめいた言葉をゆっくり読んだ。そして品を纏った美しい笑みをたたえ、空を見上げてつぶやいた。「面白いわ、やっぱり」

刹那と永遠

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生は一瞬にして死となり、悲しみとなり、思い出となり、やがてさらなる美となる。その先、美の行き着くところは存在していないのではないだろうか。何処にもたどり着くことなく、ただただ果てしない時間を浮遊しているだけじゃないだろうか。そのとき望むことが許されるのなら僕は風でありたい。日常には肯定するだけの対象が身近にある。

雨の日曜日をネコはどう過ごしていたのだろうか。

「雨の日曜、曖昧な午後の時間。クルマがシャーッと路面を転がり通り過ぎていく。ラジオからはクラシック音楽。コーヒーを淹れるためにお湯を沸かしながらミルで豆を挽く。すべての音がこの部屋で調和して何気ない日常に凛とした気高さが薫る。一杯のコーヒーのように。」

「同じような価値観の人ときちんと向き合って語りたい。それも緩やかに。時折、激しくも。感性、創造性、知性、品性、個性、楽天性が入り混じる世界から始まる時間。春を待つ。」

http://youtu.be/im4U8749u8Y

部屋に咲く春

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大好きな春の花、ラッパ水仙を求めて花屋さんに出かけたところあいにくまだ入荷がなく、店内を見渡してみるとこのチューリップが目に飛び込んできた。五本買い求めてその帰り道、友人のお店に立ち寄って一本だけおすそ分け。そのときみんなの顔に笑顔が咲いた。

花はなんて素敵なんだろう。刹那を生きていることの証であり、美しさと愛しさと切なさを咲かせてもいる。

春が咲いている。きれいだなぁ。

いまの自分がここいる

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アクセサリーは香水と似ていると思うんだ。それを身につけたときから一瞬にして新しい自分になる。あるいは自分らしくなれる。付けることをやめるときもある。その時はそういうキブンなんだろうと思う。それもわるくないね。

僕は自分らしく、いやもっと、もっと、自分らしくありたいと生きている。このリングはいまの僕自身だ。もちろん僕が作ったものだという思いも多分にある。左手の指に付けるときのぴんと張り詰めた高揚したあのカンジ。外すときのあのいやらしさ。毎日それを繰り返しながら生きているのだ。1秒先の未来にさえも僕は想いを馳せて生きている。

赤と青、ときに青と赤

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「わたしはあなたといちばん素敵な関係でいたいの。それが恋人だったり、友人であったり、家族であったり、仲間であったりね。いつだってわたしはそれを望んでいるの。だからあなたとはそばにいても、離れていても、いつもこうして一緒にいるわ。好きよ、あなたが。わたしたち素敵な関係よ。もっとずっと素敵でいましょう。わたしが夏の終わりにあなたに言いたかったこと。」

2002年初夏、あの午後に僕は

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12年前の初夏、僕はクレイジーケンバンドの横山剣、ケンさんを路上に寝転んで211万画素のIXY DIGITALで撮っていた。広島クラブクアトロが毎月発行してるスケジュールガイド「QUATTRO PRESS」の仕事のためだった。この写真は2002年6月15日発行の「QUATTRO PRESS / VOL.06  」を撮影したものだ。

今夜ふと聞いたCKBの「スパークだ!」が、あの12年前の初夏を思い出させてくれたのだ。そして小学生、中学生、高校生、夜間大学生だったころ、20代のころのことをも…。

僕はこのいまがうれしい。
いつだって、スパークだ!スパークだ!
ありがとうケンさん。

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「スパークだ!」

CRAZY KEN BAND (クレイジーケンバンド)

作曲︰横山剣

作詞︰横山剣

夕暮れの小径 お寺の鐘が鳴る
迷い込む住宅街 今 立ちのぼる

夕餉の匂いと優しい音がする
逆光線の向こうに あの日のママがいる

なりたいものはなんだろ?
僕にもなれるかな?
宇宙飛行士 レーサー オリンピック選手

なりたい自分になれなくても
悩んだあの日を愛せる今が嬉しい

泣いても笑っても 時間は
前にしか進まない だからこの瞬間を
もっと強烈に もっと鮮やかに
「スパークだ! スパークだ!」と
自分を励ました

やり残したことはなんだろ?
まだ間に合うのかな?
ひとつだけでもいいから
やり遂げてみたいな

レースの途中で邪魔されても
憎んだあの日を許せる今が愛しい

泣いても笑っても 時間は
前にしか進まない だから思い出を
もっと大切に ずっと大切に
したいよね したいよね
だけど今は振り向かず
「スパークだ! スパークだ!」と
自分を励ました

ありがとうの一筆を

slonecinema

タカノ橋「夢売劇場・サロンシネマ」の閉館(移転)がいよいよ今週末の8月31日(日)に迫ってきました。

そのプレミアムグッズ(!?)として一筆箋(17cm×7.5cm)が登場しています。この表紙も先週ご紹介させていただいた「エンドマーク」と同じく、僕が撮影した写真を使っていただきました。ありがたいことです。撮影した2012年当時、サロンシネマ前の通りには「タカノ橋新地」の看板がありましたが現在は撤去されています。覚えていますか…? 

この一筆箋、タカノ橋「夢売劇場・サロンシネマ」の思い出として何も書かず、どこにも送らずに手元においておきたいですね。使い方に反していますがw 詳しくは同館にお尋ねくださいね。なおいまラストピクチャーショーの一環として「ジャック・タチ映画祭」ほかが上映されています。

<サロンシネマ>
http://www.saloncinema-cinetwin.jp/

夏にエンドマークを

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今年の広島の夏空は十分な出来じゃないけど、夏の終りには僕らに忘れる事のない思い出を届けてくれようとしている。別れの時をちょっとせつなくて、やるせない映画を一緒につくるように。

8月31日でタカノ橋サロンシネマ1.2が閉館(移転)となる。全国に名を馳せる名劇場がいよいよ鷹野橋(広島市中区大手町五丁目)とお別れするときがやってきた。

このマンスリー・シネマ・クリップ「End Mark」No.352(発行:サロンシネマ / 写真上)は、閉館を告げる記念の号となった。光栄にも表紙に僕が撮影した写真を使っていただいた。とても、とても、ありがたくて。2012年5月31日に撮影して翌6月のクアトロプレスで使用した写真だ。僕は一人であの日の昼から夕方、そして夜になるまでずっとタカノ橋新地で撮影したことをいまでもよく覚えている。

さらに、いま配布中の「クアトロプレス」の最新号Vol.148(発行:広島パルコ・広島クラブクアトロ / 写真下)ではサロンシネマ・住岡正明総支配人を取材させていただき、表紙と見開きの撮影も同時に行った。住岡さんと僕が知り合ってもう30年になるんだなぁ。僕のコラムも読んで見てください。夏の空の下で「エンドマーク」と「クアトロプレス」とが繋がったことがとてもうれしい。

夢売劇場・タカノ橋サロンシネマ、さよならよりも、ありがとう。

<二誌の表紙は同じ場所、同じレンズで撮影。写っている通りもまったく同じなのですが、一カ所だけ大きく違う箇所があります。二誌を手に取って見つけてみてくださいね。>