与論島に一軒だけあるジャズ・バーでライブを行うために、僕らはワンボックスカーに楽器とメンバーを乗せて夜遅くに広島を出発した。
鹿児島新港に着くと、台風接近により僕らの乗るはずだったフェリーの欠航を知らされ、鹿児島でバンドの旅を断念せざるを得なかった。しかし与論島では人だけなら下船させてくれるという沖縄行きのフェリーがあるという。その最終便がもうすぐ出ることを知った僕と仲間の一人は、急いで切符を買い、バッグ一つ、他の仲間を残して夕方の鹿児島新港を後にした。
船中では大波に揺られ何度トイレに駆け込んだことか。眠れない夜、頭の重い朝を迎えた僕らは、鹿児島を出港して20時間後には与論港沖にいた。台風の影響で波が高く与論島の桟橋にフェリーを着けることがないのだ。乗客は沖で艀(はしけ・上陸用の小舟)に乗り換えての上陸となった。
ライブの約束は果たせなかったけど、オーナーは僕らを快く待っていてくれた。客のいないほの暗い店内をよく見ると、オーナーの友達だというよく陽に焼けた一人の男性がいた。
遠く過ぎ去ったあの夏。照国郵船、大島運輸。南の島の小さなジャズ・バー。PAなし、観客なし。